茶道を習い始めて数年間、この茶道での経験を仕事に生かせないかと
チャレンジしたことがありました。
ですが忙しくイライラする状況の中で、お茶の精神を保っていることは
私には困難で、すぐにいつものがさつで短気な自分に戻っていました。
しかしお稽古になると、自分でも別人ではないかと思うほど変化します。
それは無理矢理作っているのではなく、自然に社中の皆様の役に立ちたい
と思ったり、お道具を優しく扱ったり、季節の移ろいに感動したり、
ということが何の苦もなくできるのです。
茶室は、何か日常の空間と一線を画した領域にあるのではないかと
思うくらいですが、そこには日常にはない何があるのでしょうか。
茶室の中は居心地のいい空間
茶道では歩き方から茶碗の上げ下ろし、茶入の浄め方、湯杓の扱い、
その他もろもろの多くの決まり事があります。
右足なのか左足なのか、左手なのか右手なのか、こと細かい決まりが
あるにも関わらず、なんの制限もない日常のほうが大変なストレスを
感じます。
茶道の所作は、相手を不快にさせないこと、相手にわかりやすい
動作をすること、お道具の負担にならない扱いかたなど、常に他人
やお道具のために自分の動作を制限します。
お互いが、ほんの少し自分の行動を相手のために制限することで、
その場にいる全員が居心地のいい空間得られることになるのです。
座り方にも意味がある
茶室の中では亭主から客まで皆正座です。
茶室の中は狭く、おのおのが勝手気ままに自分の楽な座り方を
すれば、とても茶室の中に納まりきれませんし、隣の人に足の裏
を見せたり触れるようなことがあっては失礼です。
また、貴重なお道具を扱うのに、足を投げ出した力の入らない
座り方をすれば、お道具をうっかり取り落とし傷つけかねません。
座り方を「自由」にしただけで、茶室の中が「無秩序」になる様子が
目に見えるようです。
また小間では立たずににじって移動するのも、狭い茶室の中では埃を
舞い上がらせたり、お道具を誤って壊す危険があるからです。
すり足で歩く意味は?
茶室を立って移動する際は、すり足で、これは、襖の向こうの
ご亭主に今茶室がどのような状態かを知らせるためです。
通常席入りや退出の時は、亭主は襖の向こうにいて茶室を覗く
ことはできません。
客が帰ったのかまだ茶室内にとどまっているのかを知るには、
客の足音やにじり口のしまった音で判断するしかありません。
ご亭主への客側の配慮でもあります。
茶碗の正面を避ける
誰でも、きれいなお茶碗でお茶をいただけたらとても嬉しいものです。
ご亭主はきれいな絵柄の入ったほうを客に向けてだしてくれます。
それに対し客は、遠慮して正面を避けていただきます。
大事なご亭主のお道具に対して、大切な絵柄の部分に口をつけない
配慮でもあります。
濃茶の場合は、絵柄が入っていませんがご亭主は正面を客側に向けて
出してくれますので、客はご亭主への配慮で正面を避けて飲みます。
お茶を飲んだら吸い切る
お茶を習い始めて一番驚いたのが、この音を立てて飲み終わったこと
を知らせる吸いきりです。
食事の際、麺類は別として食べたり飲んだりする際に、ずずっと音を
立てるのはあまり品のよい行いとみなされません。
ですが、茶道のお茶を飲み終わった際にはこの「ズッ」という音を
立てます。
これは無作法ではなく、ご亭主においしいお茶でした、残すことなく
全部いただきました、という合図です。
自分の点てたお茶が果たしておいしかったかどうか気になるご亭主に
対しての配慮です。
ご亭主との会話は正客にまかせる
茶道独特のルールかと思いますが、お客の代表者だけがご亭主との
会話が許されます。
連客が何の気遣いもなしにそれぞれの会話をしない、それぞれが聞きたい
時に勝手気ままにご亭主に質問しないことによって、茶室の静寂と秩序
は守られ、釜の音やお湯の音、外の風に揺れる木々の音、近くの川のせせらぎ、
小鳥の声に耳を澄ますことができます。
会話は経験豊富な正客によって、皆様の知りたいことをご亭主から聞いて
もらえる仕組みです。
お道具は低い位置で拝見
拝見のお道具は、両膝に両肘をつき、低い位置のまま拝見します。
万が一お道具を取り落としても、壊れることのない高さになっています。
大切な貴重なお道具を拝見させてくださるご亭主への配慮です。
そのほかにも、様々なルールがありますが、そのすべては自分が楽しむ
ためや楽をしたいためではなく、誰かのために行われています。
亭主、客の間に全員が共通している常識と礼儀があり、このお茶会を
無事成し遂げるという共通の目的があります。
茶道の所作は相手を気遣うこと
茶道は、常に相手を思って行動する所作が多く、自然にそれが身に
つくようになっています。
狭い茶室の中では、亭主も客も同じ礼儀、常識を身に着けている必要
があり、それが茶会の流れを円滑にし、お互いが気持ちの良い所作を
することで、一服のお茶をおいしくする心理的役割を担っています。
社会の中でも同じで、この相手を思って行う行動が、どれだけ生活を
リラックスさせ人間関係を円滑にするのか、その効果は計り知れない
と思います。
以前会社に来ていた派遣社員の女性が、なんとも素敵な雰囲気を
かもし出す人でした。
全体から滲み出る雰囲気がやわらかく、わざとらしい礼儀正しさで
もない控えめさがあり、もしかしてと思って聞いてみると、小さい
頃からお茶を習っているということが判明しました。
私のように短期間では実生活に反映させることは難しいかもしれませんが、
長く茶道に関わっていたかたであれば、人との距離の取り方、相手を不快に
させない態度を自然と身につけているのではないかと思います。
挨拶、謙虚さ、穏やかさなど、一見気付きづらいけれど非常に大切な、
人間力のようなものが上がるのではないでしょうか。
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