山本兼一作、第140回直木賞受賞の「利休にたずねよ」が、
2013年に映画『利休にたずねよ』として発表された時、
お茶をたしなむ人にとっては耳を疑うようなビッグニュースが飛び込んできました!
利休が使った門外不出の
「長次郎作 黒樂茶碗 銘 万代屋黒」が映画で使われているというのです!
さて、この楽茶碗、いったいどのようにして映画に出たのでしょうか・・
『利休にたずねよ』の楽茶碗
この映画では撮影に使われた様々な物が「本物」であることが話題でした。
その中でも利休演じる市川海老蔵さんが立てるお茶に使った
黒楽茶碗・万代屋黒
は約430年前に作られ利休が使った初代樂家、長次郎作の本物であったのです!
現在、樂家当主の15代目、樂吉左衛門が所有するこの楽茶碗、
これまでどんな依頼があっても貸し出されることのなかった歴史的名器が、
お湯を注がれ本来の茶碗として使われたことはこの映画の白眉ともいえるのではないでしょうか。
美術品ではなく「使われる茶碗」として世の中に数百年の時を越えて現れた万代屋黒。
映画を作る人々の熱い思いは、茶道に携わる人の心をも動かしたといえます。
とうてい値段のつけられない価値ある茶道具・長次郎の楽茶碗
16世紀桃山時代、樂家初代の長次郎によって始められた楽焼。
利休の晩年、侘び茶が確立するころに長次郎が、
利休の茶の心の表出ともいえる茶碗を作りました。
無駄な装飾を一切除き、個性を排したその造形は
まさに利休の侘びの精神と禅の在りようを表す重厚な茶碗です。
千家の宗匠は代々樂家に長次郎を祖型とする楽茶碗を焼かせています。
そんな国宝級の門外不出の茶碗、仮に値段をつけるとしたら・・
数億円!?
とも言われいます。
美術館に置かれている茶碗もたくさんありますが、使うことではなく、
長く保存して後世にその姿を残す価値ある茶碗としての位置づけで、
現当主の元に保管されていました。
ですから、そこに値段をつけることはできませんね。
楽茶碗の使用許可が出るまで
元々、原作者の山本兼一さんが樂家当主と知り合いだったことで、
映画スタッフや主演の市川海老蔵さんの強い希望を受けて、
プロデューサーが直談判に奔走したことは話題になっていました。
撮影は表千家・裏千家・武者小路千家の三千家の協力の元で行われ、
利休が活躍した当時から現存する
「赤樂茶碗」「井戸茶碗」「熊川茶碗」
も登場します。
特に、100年以上お湯を入れたことのない茶碗「万代屋黒」は、
何度も使用することを断られたといいます。
しかし、「湯気の出ない茶碗は樂茶碗といえども茶碗ではない、
湯を通して使われてこそ茶碗の生きた表情が出る。その姿を全国の人に見せてほしい」
この熱意ある説得が当主の心を動かしたのでしょう。
壊れる可能性を分かった上でついに使用許可が出たのだそうです。
お湯を入れるのは1回きり、という条件つきだったようですが、
市川海老蔵さんは見事に1発撮りで成功させ、映画でも素晴らしい映像として残っています。
宝物は展示しておくにかぎるのか?
この楽茶碗もそうですが、数百年前の歴史的・文化的価値のある物が
このように扱われる是非は所有者の許可が不可欠で、
世間一般の目に触れにくいことが多いですね。
美術館や博物館に展示していても、手に取れることほとんどありません。
この映画を見て思い出したのがヴァイオリニストの千住真理子さんが、
100年以上眠っていた18世紀のストラディバリウス作の幻の名器「デュランティ」と出会い、
その珠玉の音が世界中の人々を楽しませていることです。
貴族の家宝として眠っていた名器が本来の楽器という役割を果たす姿は
命を吹き込まれたさながら生き物のようです。
『利休にたずねよ』の数々の名品は、やはり本物であってこそ、
連綿と受け継がれてきた歴史の重みを私達に伝えてきたのだと思います。
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